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「あのさ~、教えてほしいねんけどさぁ~あ、
今ニュースでやってるチベットの問題ってどうゆうことな~ん?
チベット人てゆう人が騒いでるだけの話な~ん??」
早番から遅番への引継ぎも終え、
『は~ぁ疲れたなぁ今日も』と
2階のスタッフ休憩室にて疲れ果てた腰をずっしりと下ろし皆が一服。
今日が掃除当番の私が水を付けたモップで休憩室の床を拭いている時、
先ほどの質問を投げかけられた。
一瞬『え゛ぇっ?!』っと思ったが瞬時に返答を考えた。
私自身この問題を全て把握している訳でもなく、
TVのニュースや新聞記事+それによって感じた我流な思想がこびり付いている為、
自分勝手な説明はアカンなと考え説明しようとし
『コレコレこうでこうゆうふうに言われているねぇ~』
とゆうと「チベットて何?チベットって国?」とか
「中国の狙いはなんなん?」などなど・・・
何点か質問を受け簡潔に説明した。
それを聞いて『なるほど!』とゆう表情や言葉は返ってこなかったが、
ある程度は理解してくれた様子だった。
その後休憩室を出て階段や廊下を拭いたが、
先ほどの説明に納得がいかなかった私はどんな説明が良かったのかをモップをはしらせながら考え、
とりあえず例え話を用意し再度質問者の子のいる休憩室に行き説明すると、
その例え話の方が分かりにくかったらしく、
とりあえず前説の話にプラスアルファした説明をちょろっと加え話を終えた。
帰りの道中河川敷を歩きながら、
説明下手により納得に至らす事が出来なかった自分が少し不甲斐なかった。
頭のキレる人はサササーっと説明するだろうに。
説明下゛手下゛手な自分をまたここで再確認した。
何事もデキる人間にならんといかん・・・
そう思う今日ごろこのだった。
さて話は500何十度変わり、
昨今のMY なんで?ANGELをご紹介しよう。
「柚木ティナ」
ありとあらゆる修羅場を潜り抜けさせられ、
汚れなき心も身体もあらぬ方向に進化してしまった女性。
そんな女性の又の名は「RIO」とゆう。
AV女優だ。
レンタルビデオ屋さんから拝借し、
Bダッシュで帰宅しDVD挿入。
(再生)ボタンと押し画面に彼女が出てきた瞬間からMy heartを射止められた女性。
いわば私のheart泥棒だ。
めったにアダルトビデオをレンタルしないのだが、
今回友人起っての器棒の為、連れションならぬ連れレンをした。
とりあえずドストライクだ。
<ハーフ>、これに尽きる。
陳列棚には、
人気があるのかシリーズで10本程作品が並んでいる。
それを見てなんだか悩ましい。
皆好きなんだ・・・
皆、汚らわしい利き手で楽しんでいやがるんだ・・・
と・・・・。
彼女の魅力の良さと同時に、
なずぇ?、とAV業界にいることに疑問と少しばかりの失望が生じる。
このRIOのここまで行き着いた背景。
どんな生活がありここにたどり着いたのかね?
そんな事考えるとキリがなければ、
そんな同情みたいな考えは本人にとって余計なお世話そのものだろうけどね。
返したくないね。
返却したくない。
足首に足かせが付いたみたいに、
店までの足取りは重いね。
間違いない。
一度でいいから騙されたと思って見てみるがいい。
男女問わず。
間違いない。
そんな、今日ごろこの・・
なんやろな
最近
シッコ(しょんべん)にキレがのうなってきたんちゃうか思てきて
そんなもんだから最近シッコする時
オイショ~ってシッコが出た瞬間から
チンコの先っちょあたりに神経を集中させてね
少しばかり象さんの顔あたりに力入れてね
コンクリート突き破るんちゃうかゆう思いこみでもって
決壊した川の土手じゃねえかとゆうような勢いでもって放尿している。
おかげで尿圧は10代の頃の勢いさながら
全てを貫通させてしまうかのような悪魔的放尿
そんなデビル・シッコも終わりに差し掛かる
すると、力んでいたチンコも脱力していき
放尿が切れると腰も脱力し
ああ゛ぁ゛ぁーーッス
と力無く、足をカックンされた状態になる
生まれたての子羊の足のよう
ようするに
故意にではなく
自然と勢いがあるってステキな事だったんだ
そう、思うよ。
だってカックンならへんもん。
キンコーン
キンコーン
キンコーン
プレハブのベランダの横開きドアのような
そんなドアを開け中に入ると、
ドアの冊子付近に取り付けられたセンサーが侵入者を感知し
中に住むご主人様に客人ですよと告げるかのように鐘の音が鳴り響く。
そこは「あぜち」。
近所に2件ある駄菓子屋のうちの1件。
自宅兼駄菓子屋とゆう昔馴染みの駄菓子屋だった。
当時、家自体は新しく
大昔のような瓦屋根の土壁一軒家とゆう井出達ではなかった為、
田舎の駄菓子家育ちの私はすこし違和感があったのを思い出す。
そんな「あぜち(店)」のスペースはわずか2坪半程。
3坪もなかったはずだ。
そんな小さい店の中にぎっしりと駄菓子が置いてあり、
当時のお菓子大好き笑顔がかわい過ぎる私は、
そんなお菓子の行列を見ては
後先考えずナイ有り金を注ぎ込み着々と腹の脂肪に変えていたのである。
<ボンボン>
あれは当時画期的な代物であった。
???????????
なんで勝手にバニラが次々と出てくんねん!
おぇおぇ!なんやこれ出てくるペース早なってきとるがね!
え゛っ?! え゛ぇっ?!
オエーッ!ちょ!ちょと待たんか!
コラッ!ちょちょと待たんかコラッ、ん゛ん゛ん゛っ!!
ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ーーっ!!!
???????????
っと最後になると強制的にアイスを口に詰め込まれる。
ほおばるのを諦め手の中で放置すると、
ラストは爆弾のようにはじけ飛び服やらなにやらバニラが付き散らかすとゆう始末。
オカンのゲンコツ喰らうのは必至のアイスクリーム。
この<ボンボン>をこの「あぜち」でよく買ったものだ。
そして子供にはタブーのライター。
これも「お父さんのタバコの火」と称し友達と「あぜち」で購入。
団地の床下やマンションの倉庫、
とにかく暗い所でロウソクに火を灯し
当時の小学生の中では流行のサバイバルナイフと駄菓子で友人達と談笑するといった事。
あと「あぜち」の思い出といえば、
子供ならではの行為<パクリ>だ。
冒頭の通り、
ドアの冊子(腰辺り)にセンサーが付いており
通過すると感知する為、入るのも出るのも音が鳴る。
とゆう事は店のオバちゃんが必ず出てくるとゆう事だ。
サッと取って逃げオバちゃんとプチリレー大会などする度胸もなく、
やはり完全犯罪を狙って事を進めなければいけない。
そうすると、
ゆっくりドアを開け腰辺りに備え付けてあるセンサーを反応させず進入、
パパパッと取り再びセンサーを反応させずゆっくりドアを閉め退散する。
それは007のジェームズ・ポンド並みの曲芸が必要であった。
そんなある日、
難しい曲芸を必要としないパクリを習得した。
それは簡単だった。
①ゆっくりドアを開ける。
②四つん這いにしゃがみこみ進入
③手を伸ばしパクリ散らかす
④四つん這いで脱出
⑤ドアをゆっくり閉める
⑥小ジェームズ・ボンド誕生
といった具合だ。
これで一時期よく頂いた。
いちばんドアの手前にあった<うまい棒>など
<タダだ棒>になっていた。
そんな「あぜち」も
もう遠の前に店をたたんでいる。
高校生の時ぐらいにはもう無くなっていたんではなかろうか。
いつだったか、店の前をを通った時
「あぜち」のオジちゃんが外で水撒きをしていたので懐かしく話掛けた事がある。
昔よく通った「あぜち」の事を話すと、
感謝の笑顔と同時に閉店した理由を教えてくれた。
どうやらあの店の番台のオバちゃんが
身体が思うように動かなくなったために店を閉めたとゆう事だった。
あのオバちゃんが今どうなっているかは分からないが、
思い出の「あぜち」と
思い出の<パクリ>を私に残してくれた事にお礼を言わなければね。
美味しいお菓子をありがとう
オモローなボンボンをありがとう
小ジェームズ・ボンドになれてありがとう
それよりなにより
イイ思い出をほんとにありがとう!
本日、
私のアルバイト先のパチンコ屋に友人が現れた。
バタバタする中、
コイツはコールボタンを各席で連打し、
クラウチングスタートで向かってみると足元を見てニヤついているのがコイツだったとゆう始末。
あまりの馬鹿面や、あまりに予想だにしなかった事態の為
目の前で気付いた時はフいてしまった。
その後この友人は
ちょろっとパチンコを打ち運良く1万5千円程コソ泥し、
ムカつく程に満開の笑みで帰って行った。
この友人の名は
「あだち」
彼も同じく、
小ジェームズ・ボンドだ。
忘れていた物が
ある時思わぬ事に役に立つ
なんとない手助けが
ある困った時絶妙なタイミングで返ってくる
会話の中で何気に言われた言葉が
なにかと瞬間瞬間に思い出しそれが的中する時がある
亡き者の不思議な力で
あの時助かったと思う時がある
苦しい時があったからこそ
今の自分は形成されたと思っている
事態の起こり始めから
それはもう「必然」(起こるべくして起こる)なのかもしれない。
「必然」としたい。
勝手に自分で決め付けているだけ、
勝手に自分で事と事を結びつけているだけなのだが
たとえばそれを「偶然」と終わらしてしまう事がつまらなく思える時がある。
ましてや「偶然」以下の「意味はない」と片付けてしまうと
もう人間やってられなくなる。
ただの言葉遊びなのかもしれないが
大半の事態は結果論「必然」で、
例えば将来私が頭がおかしくなった時
この日記を読み自分を取り戻しているかも知れないとゆう事だ。
あるいは読者の方がネガガティブになった時この日記を読み
『自分以上に変な人間が頑張ってるわ』とポジティビティになるかもしれない。
「偶然」が「必然」を作る。
「必然」が「偶然」を変える。
今まさに起きているそれは
「偶然」が動き始めた、
そう、まさにこの先に待っているプロローグにすぎないのかも知れない。
「必然」だ。
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