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~七転び八起き~
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ポケットの中の印

指切り合った感情

見えない壁に語る

なぜ なぜ なぜ


誰も解らない

自分を知らない自分

やみくもに辿り着く

追いかけ続ける

平穏のドア


守られないことを交わす

果たされぬ言葉

誰もが描く行く末を

忘れゆく世界で枯らし

傷ついていく僕ら

なぜ なぜ なぜ 



掛け捨ての幸せを

列をなす喜びを

素晴らしい日々へと

もう一度

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久しぶりに大家さん(お爺ちゃん)と顔を合わしたので、
いまだ理解し難い朝7時ジャストに真上に打ち上がる花火の理由を聞いた。

その理由はどうやら裏手の山ふもとに地区では有名な神社があり、
そこの催しで町内会がドデカイ打ち上げ花火を上げているとの事だった。

長野市内そここで夏・秋・冬と花火が打ち上げられるが、
私の住む町内の花火はデカクて有名だそうだ。

そんな有名なデケェ花火を朝の7時ジャストにぶっ放すなよと、少なからず思う。
「郷に入れば郷に従え」 はい、全然従いますよ…。


歩きながらの会話の中短い話もそろそろというところで、
大家さんは仕事の話を聞いてきた。

『仕事は順調なのか?正社員で働いているのか?』


大家さんもご存知の会社に勤務したと報告した時、まだ1ヶ月の研修期間だった為、
その後正社員になったかどうかはこれまでの勤務経過をみると解るだろうと思い、
わざわざ正社員報告はしていなかったのだが、
大家さんはわからなかった様子だったので、にこやかに返事をし、順調具合も報告した。


すると、

『そうか、良かったな… あとはじゃあ嫁だけだな』


と言うもんだから、

「そうですねぇ(ニッコリ)!
大~家さん誰か紹介して下さいよアッハッハッハッ!」





・・・・・・


・・・





そのまま大家さん歩きながら自分家の庭に去って行った。



……………………………………

いやいやなんでやなんでやなんでやねん…
ア゛レ゛ェッ??」

……………………………………

と私は心の中で発する。
と同時に、おそらくその驚き具合はニッコリから引きつったニッコリへと顔に表現されていたであろう。

なんで無視やねんオエ。
なんかゆえやオイ。
なんで何事もなかったかのようやねん。


と、お爺ちゃんであろうが関西なら後頭部をハツられていてもおかしくないシチュエーション。
新喜劇でなら本気のズッコケが披露されていた一瞬。


私のようなゲスには紹介出来兼ねますということだろうか。
それとも ムリッ!! という無言の訴えなのだろうか。


ハテナマークが頭を駆け巡りながら、半ニヤケのまま横にある我が家へ帰った。








先日、仕事で幼稚園へと営業に向かった。
なぜ幼稚園かというと、現在幼稚園・保育園児を対象に家の絵を描いてもらい、
集まった絵で植林の寄付をしよういうイベント用件のためだ。

イベントの企画から運用方法まで現在煮詰めながら、
幼稚園や保育園への協力願いを募っている最中である。

そこで今回伺った幼稚園は先日に商談を済ませ、
全面的に協力をして頂ける運びとなったため、園児数の画用紙を届けに行った時のことである。


無事画用紙をお届けし、主任先生と玄関のところで少しの立ち話をしていると、
そこへ年中さんと思しき男の子と女の子園児2人が若い先生引き連れ駆け寄ってきた。

私を見上げるや女の子は私の足に飛び乗り、
ポケット付近のスーツの端を掴みグルグルと回りながら懐へしがみ付く。
カーテンを回しながら中に納まるような行動。
キャッキャキャッキャ言うている。

「元っ気やな~オエ、」とニッコリとしながら頭をなでてやる。

懐から出るとまた同じようにグルグルしながら懐に入ってくる。
ネジれるスーツ、首筋に食い込むスーツ。
しかしニッコリは止めない。


すると、3回目の懐の時、
手に持っていた小さな旗の棒の先端で

「オチンチン、おにいちゃんオチンチ~ン」

と、私のオチンチンをブニュブニュ突付いてきた。

いや、そこはオキンキンやと思いながら笑いもって先生を見ると、
客人のオチンチンを突付いている現実にひるんだ顔をしながら『あああダメでしょやめなさい!」と女の子を止める。

男の子の方はというと、
しきりに聞き取れない言葉で桃組がどうだ白組があーだと、
私がオチンチン突付かれてることそっちのけで話かけてくる。

この二人の子と一緒に来た若い女の先生は完全にオチンチン突付かれてること見て見ぬふり。
というか、男の子を引き寄せながら下向いて半分笑っとる。


それでも止めない女の子。


そのまま主任先生は出入口のドアを開け逃げなさいと言わんばかりに私を外に促し、
私は突付かれながら「では、どうぞよろしくお願いします」と頭を下げオチンチン突付きから脱出。







なぁーやここ最近のオレ!


そんな、ここ近日のダルマだ。

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戸隠山~飯縄山
標高1,917M


期待した流行りの山GIRLはおらず、山ババアは健在。




最ッッッコやったな~。



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6月のダイレクトメールを早めに作成しておこうと、
「梅雨」というキーワードをもとに、お客さんへ送る手紙の冒頭季語を考えていた。


型にはまった季語など面白くもなんともないため、
いつもひん曲げて季語を書いているわけだが、
今回は「梅雨」の語源を調べた。

「梅雨」というのは、
6月の雨期に降る雨でウメの実が熟すことから「梅雨」と書かれている。

また、カビが生まれる時期ということで「黴雨(バイウ)」とも書き、
新暦の6月は旧暦でいう5月になるため「五月雨(サミダレ)」と書くこともあるという。


なるほどと思いながらも、《旧暦》とはなんぞや?と疑問が。

そこから季語などそっちのけになりはじめ、深みにハマっていってしまった。


旧暦とは、現在の太陽暦(1年を12等分)ではなく、
月の満ち欠けを基本とした生活リズムとある。
元々太陽暦は1873年に西欧文化から取り入れたもので、日本の文化にあわせたものではない。

《月の満ち欠け》を基本??
では月の動きとは正確になんじゃらほい?となる。

そして月を検索し調べると、
満月・新月、満潮・干潮というように説明され、よく理解出来ない解説などもチラホラ。

その中に一点、こんな推測的論文があった。


新月と満月(新月~満月~新月~十五日周期)の日は、人は暴力的になったり悲観的になったりと様々、
感情に影響を及ぼす可能性がデーターとして出ている、というのだ。

満潮干潮、月の引力によって海水の満ち引きがあるように、
体の70%が水分とされる人間にもなんらかの影響をもたらし、
事実、犯罪の増加や精神に支障をきたした人が病院へ入院するケースが多発しているとある。

満月の夜、狼がナンチャラって
案外的をえてるのかも知れない。



他方、新月・満月の日は妊娠・出産など、女性にとっても月の満ち欠けは影響をもたらすとある。
多いというのだ。





ほっっっほ~。

知らぬ間に手紙の文面などそっちのけで、
難しい説明を解らないながらも読み続け、少し月の不思議を垣間見た。





ということで、6月の手紙の文面はというと、

「梅雨ですな~」で、単純に済ませた。

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人の一生は、長いようで短い。
いつ死ぬか分からないからって、そんなしっくりこない理由ではない。


男女平均寿命82歳、あれ?実のところ、長い…。
山あり谷ありの日々、その暮らしを考えると、メンタル面で受ける苦労の時間は長い。



フと立ち止まって、後ろを振り返ってみる。
あれ?すごい歩いてきてる。

足元を見ると、やや色薄くなった靴。
そんな履いてたっけ?…って。
積み重ねた足跡が照らす年。



単純で、簡単過ぎる言葉で
「もっと時間を大切にしろよ」って、そうは言っても、
誰しも目の前にあるものや聞こえてくる声にそれは追いやられる。


自分という存在、自分の一生、重さでは決して誰かより軽くならない天秤の結果。

大切な人や誰かの為に必死になれる想いや、はたまた死ねる想いは、その瞬間や死ぬ間際に行動出来る事であって、
それまでは自分という時間をもっと大切にするべきことだ。
誰かへの想いは、やがて形を変える。

独りであっても、パートナーがいても、家族がいてもそれは、出来る範囲で自分だけの幸せに種をまき水をやらなければ、若くしてこそ見出だせる特別な時間を垂れ流す事になる。




パートナーや家族という幸せの空間で暮らす若年層の中に、その空間でしか得ていない幸せの時間があまりに多い。

自分だけの生き甲斐がないとする人は、
やがてその空間は慣れとなり、老いた身体や頭になった時初めて、《自分を探そう》《何か見つけよう》という事になる。
足元は年代物の靴。

そうなるまでに経過した長い時間は、もう取り戻せないんだから…。


「子供の巣立ち」「築きあげた家庭」
自分を納得させるその時間の埋め合わせは、そんなところだろう。





十人十色、価値観もそれぞれ。


《歳関係なく、いつでもチャレンジ出来る》
《歳をくってもその時に味わえるものがある》
《大切な人を持つと違う》
《あなたとは違う》


そう、要は余計なお世話。
まったくその通り。


若くして大切な人が隣にいれば、
おそらく自分も同じ線路を歩いていたかもしれないし、同じ航海をしていただろうね。
一生やその中での自分の時間を追求する時間などなかったはず。

背骨を折って良かった。

「サヨナラ」と生きる事に別れを告げて良かった。

自然と出会えて良かった。

友達達と出会えて良かった。





何かしらの縛りの中で生きる人。
時にその縛りに矢を向けたり、起き上がれない言い分にする者がいる。

自ら望んで入ったその空間を妨げの理由にするのなら、必ず来るであろう自失。




考えてみるのは、今じゃねえか?

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